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彼は切れ長の眼でフィオを睨むと、嫌味っぽく鼻で笑った。
「あんたみたいな坊ちゃんが、この貧民街に何の用だ」
「そな…君が、アカネの兄上か?」
「本当の兄弟じゃないが、ガキの頃から家族よりも近くで暮らしてきた」
「そうだったのか。わた、俺はフィオ。君はレノといったか?」
「気安く呼ぶな。俺の名はレノルフェだ」
「悪かった、レノルフェ」
彼の様子からするに、フィオはあまりよく思われていないようだ。いきなり天と地ほどの身分差がある、得体の知れない人間が来たのだから怪しまれるのも当然だが。
「それで、ごほごほっ…、お前の頼みってのは何だ」
「……お、俺は家出をしてきて、誰にも見つからないような場所を探している。もちろん迷惑にならないよう努めるから、俺をここに置いてくれないか」
「…………」
今まで、自分の要求が撥ねのけられたことは殆ど無い。それこそ父に王政への参加を断られた時くらいだ。だから、相手の返事を待つ間の沈黙がこんなにも緊張するものだったとは知らなかった。
「アカネ、そいつに借りがあるんだろう?」
「まあな。一応助けてもらった」
「なるほど……げほっ、ごほ……。おいお前、フィオといったな」
「ああ」
「一つ言っておくが、貧民街はお前が思ってる十倍は厳しい所だぞ。金持ちの坊ちゃんなんてすぐに淘汰(とうた)されるかもしれない。それでもここに居たいか?」
「――居たい。居させてくれ。俺には戻る場所がないんだ」
フィオは、よく翡翠(ひすい)のようだと称される澄んだ瞳でレノルフェを見据える。橙色の光が不規則に彼の顔を照らし、光源に背を向けるフィオには影を落としていた。
レノルフェのゆったりとした呼吸の音が、フィオの鼓動を早める。
「ふーん……。まあ、そこまで言うなら良いんじゃねーの」
「本当か……!?」
「寝床ぐらいは貸してやるよ」
「あ、ありがとう!」
喜びのあまり顔に満面の笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。これで王宮のことは気にせず過ごせるようになる。
「良いのか? 今日のレノ、やけにあっさりしてるな」
「そんなことねーよ。あとアカネ、こいつはお前が拾ってきたんだから、アカネが面倒見ろよ」
「え、オレが!?」
「待て、人を物みたいに言うな」
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