染まる

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あの時の僕はどうしても家に帰るのが嫌で、けれど特に趣味もなく金もなく伝手もない僕には行く宛すらもなくて、ただぼうっと川辺りで対岸の桜を眺めていた。 風に乗って夜桜見物の喧騒や屋台の脂っこい臭いが漂ってくるのに引き換え、こちらの岸は住宅街が近く、物音ひとつしない。 そこで彼女に声をかけられたのだ。 彼女は僕が家出中なのを察し、家に来ないかと誘ってくれた。 最初は当然断った。見ず知らずのしかも若い女性の家に上がり込もうなど図々しいにも程がある。しかし気付けばいつのまにか彼女と並んで歩いていた。 その時何故彼女に付いて行ったのか、今でも不思議に思う。けれどおそらく僕は優しい言葉をかけられたことが思いがけず嬉しかったのだと思う。 それはまた僕の稚さゆえだったのだろう。
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