ヤれない事情

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 ベッドサイドに走り寄ってくる。片足をひいているように見えるのは、さっきまでの正座のせいで痺れているのだろうか。 「ユートさん、気分どうですか。気持ち悪いですか」  顔は心配そうだった。どことなく不安そうで弱々しくもある。左手首をにぎられた。脈を確認しているようだ。 「動悸はします? 呼吸はどうですか?」  矢継ぎ早に質問する。そのきまじめな顔を見ると、日常に「帰ってきた」という実感がわいて、優人はじわりと涙がわいた。 「頭と、喉が痛い。今は、吐き気はしない」 「お水、飲めそうですか」 「うん。ほしい」  誠一郎がキッチンに水をくみにいった。優人はゆっくり上半身をおこした。昨日のタンクトップのまま、上から長袖のパーカーを着せられていた。誠一郎のものだろう。あまった袖をまくりあげる。  誠一郎が戻ってきて、ベッドの端に腰かけ、水のはいったコップをさしだした。厚い耐熱ガラスでできたコップだった。受け取りながら、優人の目はその手にくぎづけになった。  手の甲、指の付け根の骨の突起した部分に、赤黒い痣ができていた。人を素手で殴ったときにできる痣だ。
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