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誠一郎は困惑をとおりこして、すでに悲しくなっていた。予想外の方向に彼を追いつめているのは明白で、自分の考えの至らなさに頭をかきむしりたくなった。
おろおろと困り果てている誠一郎に、ユートはうすく笑う。なにもかもあきらめてしまったような、はすっぱな笑い方だ。
「べつに、金なんかとらねえよ。もう俺だってカタギの仕事してるし。あんただって、三十路のネコに金なんか払いたくないだろ? ただの口止め料ってことでさ」
「そういう、ことじゃないんです」
えづきそうになりながら、誠一郎はなんとか弁解した。
ユートは、今度こそあからさまに眉をしかめた。俺のオーラルセックスだけじゃ不満なの? といいたげに目の底に怒りをためている。
「じゃ、なに? 金? 見たとこあんたのほうがまともな生活してそうだけど?」
誠一郎は、びし、と足をそろえて直立不動の体勢になった。ふたりのそばにいた女性会社員が、驚いたようにこちらを見ていたが、気にもとめなかった。
「あの、僕はただ、お礼が言いたくて。昔、あなたと、一緒に過ごしてもらって。あのとき、生まれ変われた気がしたので、そのことを、ちゃんと言いたくて。……あの、僕はあれからちゃんと生きてるって、そのことを。でもあの、考えが、足りませんでした。すみません。あなたに、そんなことをさせるつもりじゃなくて」
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