ヤれない事情

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 ひくっと一度、誠一郎がしゃくりあげた。誠一郎の下まぶたに、ふるふると涙がうかんできた。 「僕は、生まれてはじめて人を殴りました。子どものころから、友達とどつきあいの喧嘩さえしたことがなかったんです。僕は……そういうことをしちゃいけない人間だったから。でもあのときは自分がとめられなくて……」  そして沈痛な声をしぼり出した。 「僕は、ひょっとすると相手に傷害罪で訴えられるかもしれません」  夜のあいだ、正座をしてうなだれてそのことを考えていたのだろうか、と優人は思った。警察官が踏みこんできて連行されしまう、とか。そんなメロドラマじみた展開を。さっきの正座の姿勢からして、誠一郎の心の中ではすでに服役中だったのかもしれない。 「そんなに殴ったの?」 「めいっぱいボコりました」 「穂積はなんて?」 「こいつがユートにしたことと天秤にかけたら相殺だろうって、全然気にしてませんでした」  ぷっと優人はふきだした。穂積らしい判断だ。 「じゃ、いいんじゃね」 「ほんとですか」 「まあそんときはそんときだよ。傷害罪はないと思うけどなあ。せいぜい暴行罪どまりじゃないかな。だいたいそういうのは示談だし。治療費払ってカタがつくことが多いよ」 「すごく勉強になります」  ひどく真面目な顔でうなずく誠一郎に、優人はおもわず頬がゆるんでしまう。優人は持っていた手をはなした。
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