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さらりと答えると、ユートは立ちあがった。じろじろと人に見られているのが耐えられなくなったようだ。
「じゃ、もうこれでね。ばいばい」
軽い言葉の裏に、もう二度と会いたくない、というニュアンスがあった。ユートは足早に廊下をすすみ、のぼりのエスカレーターに乗り込んでいく。
誠一郎は挫折感とともにその後ろ姿を見送った。自分のほかにも、彼の過去を知って近づいてくる人間がいるのだ。しかも、今は普通の生活をしているユートから、過去の仕事をネタにわずかでも甘い汁を吸いあげようと。
そこまで考えた時、誠一郎の足は勝手に歩き出していた。人の並ぶエスカレーターの脇をとおりすぎ、まっすぐ階段へむかう。長身をいかして、三段抜かしでかけあがった。
息をきらしてのぼりきると、地上階のエントランスに赤いTシャツの小柄な姿が見えた。背中に斜めがけの革のバッグをかけている。こころなしかうつむいて人の顔を見ないように歩いているようだった。
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