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ワクチン二本目、三本目
高速バスの窓の外には、田んぼが見えていた。晴れ渡った明るい空の色を映して、キラキラさざ波をたてている。
鉄塔の列が、黒い線をひいて山の向こう側まで続いていく。その先は、空を支えるような青みがかった緑の山だった。標高の高い方は少し霧がかかって見える。
これが南アルプスだろうか、と険しい山肌を見ながらぼんやり優人は考えた。窓枠に腕を置いて、枕がわりに頭をのせた。目を閉じる。
「眠いですか」
となりでかすかに苦笑するのは誠一郎だ。すっと手をのばして、優人の上にあった冷房の吹き出し口をずらした。冷風が優人に直接あたらないようにだ。まるで赤ちゃんの子守をしているようなかいがいしさだった。
そして少しだけ緊張していう。
「僕の膝、使いますか」
誠一郎は、ふたりがけの席のあいだにあるアームレストを持ちあげて片付けた。ひざをそろえる。
「いや、膝枕はさすがにちょっと恥ずかしいし」
優人はちらりと通路をはさんだ隣の席を見た。幼稚園児くらいの女の子と母親の二人連れだ。帰省なのだろうか、女の子は母親に寄りかかって眠っている。ぽかんと無防備に開いた口が、なんとも平和で微笑ましかった。
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