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「そんなに心配しなくても、僕の母はきっと喜んでくれると思います」
「いや、いやいや……」
優人は自分の過去を思いだし、ぶるっと身震いした。錯乱した母親に包丁を向けられたことは、今も優人のトラウマになっている。あの二の舞を誠一郎に演じさせるのは絶対にだめだと思った。
「嫌ですか」
「嫌っていうか……俺は恐いんだよ」
「僕はなにも恥ずかしいことなんかないですから。そんなにおびえないでください」
誠一郎はたのもしい笑顔で、優人の手をとってくれた。それでも、優人の恐怖は消えない。
「そうじゃないよ。お母さんは竹林くんの大切な人じゃん。たったひとりの肉親じゃん。その人を俺のせいでものすごく傷つけるかもしれないんだよ」
ぐっと、喉の奥から熱いものがせりあがってきた。顔が熱くなって、目と鼻から一気に水分があふれでた。
「そんなの、恐いよ。……おびえるに、きまってん、じゃん」
最後は涙声になった。いそいで腕できゅっと目元をぬぐった。誠一郎がぎゅっと抱きよせてくれる。
「俺はもう、恐い思い……したくない」
誠一郎が自分と同じように苦しむところを見たくなかった。
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