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「やっぱ、スーツに匂いがつくよねえ」
煙草を嫌がっていると思ったのか、彼は苦笑する。我にかえり、誠一郎はあわてて言った。
「いえ、僕は平気です。すみません、失礼します」
トレイをテーブルにおろす。さっきから空席を探してうろうろしていたのだ。彼もそれに気がついていたのだろう。
大型オフィスビルの地下一階。同じフロアに飲食店はいくつも入っていたが、手頃な値段で家庭的な食事のとれるこの店は、いつもすさまじい混み具合だった。カフェテリア方式で、待たされずにすむのも人気の理由だ。
「あー、鯖か。いいね。俺今度はそっちにしよっと」
誠一郎のトレイに載った鯖の煮付けを見て、彼は無邪気に笑う。黒目がちな目の端に、細い笑いジワが寄る。それを見て、誠一郎はなんとも言えない気持ちになった。
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