再会

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「一日の生活の中で、人が一番上機嫌で無防備になるのは食後の一服のときである」というのは、誠一郎の同僚が語った考察だった。だから、気むずかしい上司に取り入りたい時や、同僚にちょっとした頼みごとをきりだすときは、食後の一服を狙う、という。  ターゲットが席を立ち、背広の内ポケットにそっと触れて中身を確認しながら喫煙所に立つのを見て、そっとあとを追う。喫煙所で会ったら、偶然を装って声をかけ距離をつめる。  営業マンの涙ぐましい生き残り戦略だと思ったが、煙草を吸わない誠一郎には、正直あまりぴんとこなかった。しかし、今の誠一郎の胸のうちでは、とうとうそれを実践するときがきた、と開戦を告げるほら貝が吹き鳴らされていた。  あの日、誠一郎が彼を指名した夜、彼は精一杯つくしてくれたのに、自分は彼を抱くことができず、その理由をうまく説明することもできなかった。  情けない一夜のことを、誠一郎は苦い気持ちで思いだしていた。なんとなくきまずい雰囲気のまま別れたことが、ずっと心の中でひっかかっていた。 「あ、あの、僕のこと、覚えていらっしゃいますか」  薄いベールのような煙に包まれながら、彼にだけきこえるように声のボリュームをできるかぎりしぼった。
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