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瞬間、淡く微笑んでいた彼の口元がきゅっとひきしまった。目はすでに表情を失っていた。近くで見ると、紅茶色の綺麗な瞳だった。ああ、間違いなく彼の目だ、と誠一郎は静かに感動していた。
「……ごめん、思いだせないけど」
「あなたはユートさん、で、あってますか」
彼の視線が、煙草からすっとテーブルに落ちた。右のまぶたがひくついている。
「ああ……ああ、そう。あんた、そういう――」
さっきの上機嫌な様子とはうってかわった低い声だった。
「出る?」
唐突に彼が顎で店の出口をさした。同時に煙草の火を乱暴に灰皿に押しつける。
「あ、はい」
誠一郎はあわてて携帯と財布をポケットにしまってしたがった。
彼は店を出て、右に歩いていった。誠一郎は後ろ姿を追う。肩幅は相応の男性の体格なのに、腰は少年のように細い。日々腹のまわりに脂がのっていく同僚や上司たちとは、まったくちがう。彫刻家がけずりだしたようなシルエットだ。昔とかわらないその姿に、誠一郎は思わずどきりとする。
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