第5章 『運命赤笛』ルベルライトオカリナ

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その事を思い出すと、自然と手に力が入り、鋭利な爪が長さを変えて指先から顔を覗かした。 「シータ。今はやめておケーキ」 「ちっ」 その馬鹿の声で、我に返ると手に込めていた力を抜いて、爪を元の状態に戻すのだ。無意識に殺気が漏れでていたのか、同じ『6神獣』の1人であるホークアイ・ガルウィングに諭されてしまった。 「……大丈夫だ」 「それならいいんダルマ。この件が終わるまで待って欲し椅子」 現在、この汚ならしい男には利用価値があり、無下に殺すことが出来ないので、余計に苛立ちが増してしまう。 「ああ。今はなッ」 行き場を失った煩わしさは、強く握った拳の手刀部分を、お尻をくっつけている建物の壁に叩きつけておいた。 「! どうかしたんですかい?」 「何でもない。早く準備しろ」 「へ、へい! すぐ終わらせますぜ姉御!」 出会ったばかりのこの男は、今では想像できないくらい、偉そうな口調だったのだ。昨夜に、酒を飲みながら話を聞き出している最中に、ワタシの身体に触れようとしてきたので、少しばかり痛い目を見てもらった。その時を境に、言葉は汚ないが敬意を見せようとしているのが、その口調の変化と腰の低さから感じ取れるのだ。 そんな準備を命令された男は、狭い通路から表通りに出てすぐの所に停車させてある、豪華な馬車へ移動する。馬車は、4頭立ての4輪箱型馬車であるコーチだ。運転手となる御者1人と、乗客4人を乗せられる作りであり、中が見えないようにカーテンも取り付けられている。 「しっかし、都合良くエルフが手に入るもんですかね?」 馬車後方で準備をする男は、言葉では疑いはするが、その顔は期待でいっぱいの表情である。何せエルフの奴隷となれば、希少価値により高額で取引されるはずだからだ。 「手筈通りにお前が動けばな」 そうは言うが、相手にエルフを渡すつもりは微塵もなく、目的が果たせれば、何事もなく家に送り届けるつもりだ。男には、エルフを与えると嘘をついて、此方の思惑通りに動いてもらう魂胆なのである。 全ては『黒騎士』を誘き寄せる為の作戦らしいのだ。 当たり前だが、この男も作戦の全容を知らない。何故なら、『黒騎士』の名前を話に出しただけで、怯えてしまうような相手に、釣り餌になれと言えば即座に断られてしまうからだ。
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