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俺の視線の先には、誰も居ない。
ただの一人も俺の視界に映らなかったのだ。
不可思議な状況を前にしながらも、俺は極めて冷静だった。
自分の鼓動が早くなったり、冷や汗で手がグショグショになったりして、自分がこの状況に恐怖を感じていることを理解できるくらい冷静だった。
俺は入試で鍛えた思考能力をフル回転させて現状を整理する。
ほんの数秒で結論は出せた。
そう、これは、
「ゆう…」
「ゆう?」
「そう、ゆ…う…」
「ゆう?」
いつの間にか俺のすぐ隣に女の人がしゃがんでいた。
うひゃあ、とだらしない悲鳴を夜の屋上に響かせながら俺は全力で横に飛び退いた。
そして俺のリアクションに驚いたのか、彼女も高音な悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと、そんなに驚かないでよ!私までびっくりしちゃったじゃない!って、あれ?」
俺はうずくまって耳を塞ぎ、南無阿弥陀仏やら南無妙法蓮華経やらをブツブツと必死に唱えていた。
「…あのー」
無論彼女の声は届いていない。
「ねぇ、ちょっと!やめてってば!」
俺はまだブツブツ唱えていた。
「こんのぉ!」
すると突然耳にあてていた手が振りほどかれ、
「おいコラァ!!!!!!!!!!!!!!!」
鼓膜が破裂したのではないのかと、本気で不安になるほど耳元で大きな声で怒鳴られた。
俺は目をぱちくりさせ、キーンと耳鳴りがする耳を抑えながら怒声の主を見た。
立っていたのは、とても綺麗な女性。
整った顔立ちをして、腰ほどまである美しい黒髪を一つ結いにして風に揺らす、うちの学校の制服を身に纏った美しい女性だった。
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