[序章]

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[序章]

世界中の音を掻き消してしまいそうな雨に、少年が持つ刀の血が流されて地面へと吸い込まれていく。少年はその悲しそうな瞳を、刀の先にいる女性の亡骸へと向けていた。女性は少年の視線に応えることなく、力なく岩に背を預けた状態で座っていた。 「・・・先生、・・・俺には重すぎるよ・・・」 少年は女性を先生と呼び、ただ1つ謝罪の言葉を告げた。 雨は降り止むことはなく、少年を責め立てるかのようにその勢いを増していく。 「母様――――っ!!!」 一人の少女が叫びながらその女性へと走り寄ってきた。少女の歳は少年と同じくらいだろうか。少女は母様、母様、と必死に話しかけているが、女性が呼びかけに応じることはない。 少女は涙と雨に濡れた顔で、救いを求めるかのように少年を見つめ、震える声を振り絞り、少年に話しかけた。 「ウィル・・・母様が目を覚まさないの・・・!」 ウィルと呼ばれたその少年は、少女の方を見ることがないままただ黙って女性の方を向いていた。無限にも思える長い沈黙の後、少年が口を開いた。 「・・・俺が殺した」 少女は目を見開き、なんで――と声にならない言葉を発した。そして少年が発した言葉が嘘であって欲しいと心から願った。しかし、紅に染まった母親と少年が手にしている血に濡れた母親の刀が、残酷にも少女の心をぼろぼろに引き裂いた。 冷たい雨が刀身の色を紅から白銀に変えたころには、少女の目からは悲しみの色が失せ、憎しみの色に染まっていた。 少年はそんな少女からの憎しみの目線を無視するかのように、亡骸から鞘を取り、手にしていた刀を収めて腰に差すと、少女に背を向け歩き出した。そのとき、 「母様を返せ!!」 そう言って、少女は自身の腰に付けていた刀を抜き少年に斬りかかった。しかし、少年は振り向きざまに、先程腰に差した少女の母親の刀ではなく元々帯刀していた刀を抜刀し少女に一閃した。 「なんで母様を・・・」 そう言って崩れ落ちる少女に少年は突き放すように言った。 「・・・世界の秩序を守るためだ。例えアヤメでも容赦しない。」 雨と涙と血に濡れた少女に背を向け、少年は歩き出した。しかし、去り際の少年の顔がとても悲しそうだったことに、薄れゆく意識のアヤメには気付くことはできなかった。
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