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「連絡くれたら駅まで迎えに行ったのに」 母は嬉しそうに俺を出迎えた。 慌てて食事の材料をと買い物に出掛ける。 親父は午後診中で、弟は大学だった。 俺は庭のベンチに座り、外の空気を吸っていた。 昔よくここで弟と遊んだ。 水遊びをしたり、ラジコンをしたり… 楽しかった。 いつから俺はこんな風になったんだろう。 庭からは診療所用の駐車場が見える。 また一台車が入ってきた。 少子化のこの時代に、小児科経営も難しくなっていると聞く。 駐車場の車の入りを見るに、親父の病院は大丈夫なように思う。 「なおと?なおと!?」 突然、女性の叫び声に近い子供を呼ぶ声が聞こえた。 異様な声に、俺は立ち上がって駐車場の方を見る。 ミニバンの後部座席のドアが開いたまま、女性が中を覗くようにして叫んでいた。 「なおと!?なおと!?」 俺は柵を乗り越えて、ミニバンの中の様子を見る。 「どうした?」 女性に問い掛けると、涙をためてわけがわからない様子でパニック状態だった。 「子供が、熱が高くて、先生に診て貰おうと……さっきまで話もしてたんです!着いたから後ろを見たら…」 幼児がチャイルドシートに乗ったままぴくぴく動いていた。 痙攣だ。 母親が揺さぶろうとするので、俺は母親の手を止める。 「触るな!」 俺はミニバンに乗り込む。 「中に行って親父…先生呼んでこい!」 「えっ!?」 「早く!大丈夫、俺はここの息子だ!」 母親は目に涙をためながら頷いて診療所に走って行く。 俺は腕時計で時間を確認して、チャイルドシートのベルトを外し、横の広いシート席に横向きに寝かせた。 衣服を緩める。 様子を見ていると、痙攣がおさまったと同時くらいに子供の母親と親父と看護師が出てきた。 親父はミニバンに居る俺の姿を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに幼児を診た。 「痙攣だった」 「……」 「痙攣の時間は3分くらいだと思う。俺が見てた間で1分半だ」 俺がそう親父に伝える。 「わかった。よし、中に連れて行こう」 親父は幼児を抱いて、母親と看護師とで診療所の中に入って行った。
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