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―翌日、俺は東京に帰ると言って家を出た。 「もう少しゆっくり出来ないの?」 玄関で靴を履いてると、俺の後ろ姿に母が声をかける。 「…ごめん」 「そうね…仕事があるものね。また帰って来てね」 母はそう言って紙袋を一つ持たせてくれた。 「一輝の好きな物入れておいたから」 紙袋にはいくつものタッパーが入っていた。 「…うん」 「それから、これ」 母は封筒を俺に差し出す。 「何?」 「新幹線代。また帰って来てね」 「……」 俺が受け取れずにいると、母は俺の手を取って握らせた。 「お母さんのへそくりからだから、内緒よ」 そう言って笑顔を向けてくれる。 「本当に駅まで送らなくていいの?」 「…あぁ。結のとこに寄りたいから」 「結ちゃん?」 「今、結の母さん事故で怪我して入院しててこっちに帰って来てるから」 「あら!そうなの?大変!!」 驚く母を少し宥めて、俺は実家を出た。 暫く歩くと、そこに弟の勇輝が待っていた。 「帰るの?」 「あぁ…」 「本当は何か用があったんじゃないの?」 勇輝は俺をジッと真っ直ぐに見る。 勇輝の目は綺麗で、誠実で、俺はいつからかこいつに見られるのがイヤになっていた。 今は、イヤとかそんなんじゃなく、ただ眩しくて、見ていて辛い。 「何もねぇよ。勉強頑張れよ、未来の町医者!」 勇輝の肩をポンと叩いて俺はその場から立ち去った。
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