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「…一輝」
震えた声で俺を呼ぶ。
俺は振り返れなかった。
「絶対に別れない」
それだけを言って、逃げるように結の部屋を出た。
早足から駆け出し、息が上がるまで走って、結のマンションから離れた。
1度も振り返らずに。
走って、走って、走れなくなって立ち止まる。
膝に手を当てて下を向く。
息を整える。
震える手。
いっきに吹き出る汗が、額から首から流れてくる。
両手を広げて掌を見る。
震えていた。
結の額を思い出す。
結の震えた声を思い出す。
俺がやった…。
酒は飲んでいなかったはずなのに。
震える両手で頭を抱える。
感情をコントロール出来なかった。
こんなの久しぶりだ。
思春期の時にあった。
何かにぶつけたくなる苛立ち。
アンコントロールの感情。
俺は、もう思春期じゃない。
いい歳したおっさんが、何をやってるんだ…。
あの男の姿が頭を過る。
あんな男に結を取られてたまるか。
―俺は焦っていた。
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