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俺は結の優しさに甘えて生きてきた。 自分の弱さを彼女にだけ見せてきた。 誰よりも安心してさらけ出していた。 何の遠慮もなく。 物事には道理もあれば、けじめもある。 例えそれが、恋人でも、親でも… それすらも、俺は結に甘えて、してはこなかった。 頭を下げて借りた400万円を、俺は握り締めて立ち上がる。 もう一度親父に頭を下げて、俺はその場を離れようとリビングの出口に向かった。 「一輝」 親父に呼ばれて振り返る。 「いい歳なんだから、しっかりしろ」 親父はこちらを見ないでそう言った。 「それでも、どうしても困ったら相談しろ」 見捨てられても仕方がないくらい、俺はいい息子ではない。 勇輝のように、親孝行なんて一つもしていない。 失望ばかりさせている。 医学部の受験をしないと言ってから、親父とは極端に会話が減った。 親子関係が一機に変化した。 「父さん、失望させてばかりでごめん」 そう言葉が自然に出た。 「失望なんてしてない。お前も勇輝も、私の希望でしかない」 背中を向けたまま、無愛想にそう言った父親の言葉の意味を、理解するのに時間がかかった。 じょじょに胸を締め付ける。 失望させていると思って生きてきた。 俺はもう一度頭を下げて、玄関へ向かった。 母親は俺を追ってくる。 「一輝―」 「母さんにも迷惑かけてごめん。また連絡するから」 玄関で何か言いかけた母親の言葉を聞かずに、そう話すと、母親は言葉を飲み込んで頷いた。 向けてくれた微笑みが、俺を心配してくれていると感じた。 玄関を出て、早足で駅の方向へ歩く。 喉の奥が熱くて、重い。 滲む視界を何度か腕で拭う。 上着のポケットに入れた銀行の封筒が重い。 もう、ちゃんとしないといけないと思った。
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