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俺は勇輝に急かされながらトランクにボストンバッグを入れ、助手席に乗り込んだ。
「どこの病院ですか?」
勇輝がバックミラー越しに問い掛けると、彼女は駅前すぐの産院を指差した。
「歩いた方が近くね?」
俺はその産院を眺めて言う。
「歩くよりは車の方が早いし、安全だよ」
勇輝はそう言って車を発進させる。
「あっ!!」
車が発車してすぐに彼女は声を上げた。
勇輝はブレーキをかけて車を停車させる。
「どうしました!?」
勇輝が振り返ると、彼女は申し訳なさそうに車のシートに目線を落とした。
「破水しちゃいました…ごめんなさい」
彼女は申し訳なさそうにそう囁いた。
「大丈夫!」
勇輝はそう声を掛けて、産院へ急いだ。
ほどなくして産院に到着し、またやって来た陣痛と共に、彼女を産院の看護師に引き渡した。
俺と勇輝は、産院の前でそれを見送った。
嵐のような数分だった。
「…兄ちゃんはやっぱりすごいね」
「は?」
「直ぐに妊婦だって気付いた。俺は肥満の心臓発作か何かと思った…」
勇輝はこちらを見ずに、産院の建物に目を向けたままそう言った。
「マタニティマーク付けてたからだよ」
「冷静だよね…すごいよ。やっぱり医者に向いてる」
「なんだそれ。それを言うならお前だよ。ちゃんと急病人に寄り添って、病院にまで運ぶんだから。俺にはその優しさはない」
俺はそう言って助手席に乗り込む。
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