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パチンコは散々負けた。
むしゃくしゃしながら、家に帰る。
階段を上がって、自分の家の前に人の気配を感じる。
母親が立っていた。
俺の顔を見て、何とも呆れたように笑った。
「久しぶりね。行くって連絡したのに…」
「俺には俺の用があるんだよ」
鍵を出して、鍵穴に入れる。
「話があるのよ」
扉を開けると勝手に後ろから着いてくる。
「そんな煙草の臭いさせて…どこに居たの?」
俺は何も答えずに靴を脱いで部屋に入り、デスクの椅子に深く腰をかけた。
「結ちゃんとも約束してたんじゃないの?」
「結?」
「会ったのよ。たまたま。近くのカフェで暫く貴方を待ってたのよ?」
まさかの偶然に溜め息が出た。
「貴方、結ちゃんと長いでしょ?将来のこと考えてるの?」
「うっせーよ」
ポケットから煙草を出して、火をつける。
「女の子の時間を無駄にするんじゃないの!けじめをちゃんとつけなさい。結ちゃんなら申し分ないし―」
俺は母親の言葉を遮るように、立ち上がって煙草をくわえたまま、キッチンに移動して冷蔵庫からビールを出す。
「とにかく!結婚するならしなさい」
「しねぇーよ!!」
声を荒げて言った。
一瞬母親が怯む。
「そんなこと言いにわざわざ来たのか?」
「…仕事はどうなってるの?」
「やってるよ」
「何してるの?」
「何でもいいだろ」
「一輝」
「言わねぇよ」
ビールを開けて飲む。
暫くの沈黙。
煙草をキッチンの灰皿に棄てる。
「何か話があるの?」
そう問いかけると、母は気持ちを立て直したように表情をかえた。
「勇輝が小児科医になれたのよ。暫くは大学病院でお世話になって…松嶋小児科を継いでくれるって」
母の嬉しそうな表情を見て、目をそらした。
「それまではお父さんに頑張って貰って―」
「良かったじゃん」
俺は母に背を向けてビールを飲んだ。
「一輝?」
「これから仕事だから、帰ってくれる?」
「えっ?」
母は紙袋を俺に差し出した。
「おかずとか作ってきたの。食べてね」
俺は何も言わずに母を見なかった。
母は紙袋をテーブルに置いて、鞄を持った。
「いつでも帰ってらっしゃいね。身体に気をつけるのよ」
母はそう言い残して、家を出ていった。
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