彼女の涙ー1

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出口で見送ってくれた担当者と別れ大部屋を出ようとした時、作業着姿の女性社員が飛び込んできて、小走りで目の前を駆け抜けていった。 彼女の起こした小さな風が、手にしていたコートをわずかに揺らした。 オフィスビルで、しかも人事部内で走る人間を見るのは珍しい。 そのせいもあるが、僕は一瞬見えた横顔にはっとして足を止め、その後ろ姿を振り返った。 それは江藤奈都だった。 彼女は何か書類らしきものを胸に抱き、一目散に大部屋の奥にある本部長室まで飛んでいった。 それから秘書席に駆け寄り、深々と頭を下げた。 昼休憩の大部屋は人がまばらで、あまり気にとめる人間はいなかったが、何事かあったのだろうかと僕は妙に引っ掛かってしまった。 夜、会った時に聞けば済むこと。 そう考えて一度は出口に踏み出したもののやはり気になり、コートを羽織りながら彼女を待つ。
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