皆川編第6話 ｢彼女の涙ｰ1｣

彼女の涙ｰ1

彼女はこちらに背中を向けていて、僕が見ていることに気づいていない。

周囲の目を気にする余裕もないほど、何度も頭を下げ続けていた。

企画部の非管理職社員が、仕事で関わることのない人事本部長に粗相するシチュエーションは考えにくい。

先週に聞いた雑用の話を思い出しながら彼女を見守っていると、ようやく彼女は最後に深く頭を下げたあと、こちらに戻り始めた。

近づくにつれ、表情がはっきり見えてくる。

彼女はうつ向き、唇を固く引き結んでいる。

まるで駆け出したいのを我慢するように、歩く速度はだんだんと早くなり、僕の近くに来る頃には来た時と同じ小走りになっていた。

一歩踏み出し呼び止めようとしたが、彼女は進路をまったく見ていなかったらしい。

まともに僕にぶつかってきた。