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顔を上げて初めて彼女は僕の存在と見られていたことに気づいたらしく、濡れた目を大きく見開いた。
「ごめんなさい!」
彼女はうつ向いて顔を隠し、止める間もなく僕と壁の間をすり抜けた。
人事本部を飛び出した彼女を追って廊下に出る。
「ちょっと待って」
彼女の腕を掴もうとしたが、僕が追ってきたことに気づいた彼女は腕を振りほどき、廊下を駆け出した。
それ以上は思いとどまり、走り去っていく彼女の背中を見守った。
大半の社員が昼食に出ており、五階の廊下にあまり人の姿はなかったが、泣いている彼女を呼び止めれば見せ物のように目立たせてしまう。
小さな作業着の背中が廊下の先の曲がり角に消えると、僕はため息を一つついてコートを脱ぎ、事情を知っているであろう秘書に話を聞くため、人事本部の部屋に戻った。
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