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花は散るから美しいのだと少女が言った。
「例えば月が欠けることなく満ちたままならば、人は月に魅せられただろうか?例えば永久(とわ)に溶けない氷があったとしたならば、人は雪を有り難がっただろうか?……いいや、きっと哀れがるに決まっている」
なくならない物に意味はないのだからと紡いで窓を見る少女。
西には落ち行く太陽があった。
東には昇り始める三日月があった。
日が落ちる、夜が来る。──それは世界の理。
どれだけ抗おうとも、否定しようとも、明確に“明日”はやって来る。
あと何度この落日を目にできるだろうか。
果たして次の三日月を見ることができるだろうか。
やがて訪れる自らの終焉に恐れはなくとも、しかし虚無を感じずにはいられない。
花は美しいから散るのだと、少女の横顔を見遣りながら少年は答えた。
少女が振り向く。
夕日に照らされた表情。
ああ、彼女はなんて──
「綺麗だからなくしたくないと思うんだ。大切だから残したいと願うんだ。いつまでもあってほしいと……叶うなら、永遠があればいいと。欠けない月は確かに虚しい。溶けない氷は確かに苦しい。だけど満たされた刹那は計り知れないぐらい幸福で──だからこそ終わらないでほしいと願うんだと思う」
少年は少女を見た。
目を離せば消えてしまいそうな彼女。
命を永らえさせる物に繋がれた彼女。
構わない。
たとえエゴだとしてもいい。
彼女が望まなくとも、僕がそれを望んでいる。
永遠があればいい。
ずっと共に在れればいい。
だってこの薬品臭い一室が僕にとっての世界。
世界にただ一人しか有り得ない君がいる、ただ一つだけの世界だから。
だが、彼女はやがていなくなる。
どれだけ僕が望もうと、どれだけ僕が想おうと、どれだけ僕が願おうと。
いずれ来る別れの瞬間。
それは明確なる現実。
……分かっている。
永遠などない。
世界は無常だ。
でも、それでも少年は願わずにはいられない。
日が落ちる。
月が昇る。
月が落ちる。
日が昇る。
そうして“明日”はやって来る。
あと何回、僕は/私は、彼女と/彼と、言葉を交わすことができるだろう。
分からない。
──時計の針はただただ淡々と一秒を刻み続けていた。
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