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「ローンを組めば、フットワークが重くなるやろ。借金背負った状態で転職は無理や。それに、僻地なんて誰も行きたくないやろ。若い奴に辞められたら困るんや。若手は、転職という選択肢があるし、家族や固定資産がない分、逃げようと思えばいつでも動けるやろ。だからローンを組んで逃げ場のない年増社員を飛ばすんやないか」 「なるほど、情け容赦もない…」 あまりにも残忍な人事の裏事情を聞き、明日は我が身とばかりに、掛布は背筋の凍る思いをした。 「実はな、技術に森本という奴がおるねん。現在、横浜本社で技術指導室におるが、そろそろ三年が経つ―」 長い前置の後、ジョーは、いよいよ本題に入らんとばかりに語調を強めた。 ジョーの言う技術指導室とは、若手技術員の教育を専門に扱う課であり、現場の一線を退いた熟練技術員が多く在籍している。 森本は、今から三年前に技術指導室に派遣され、海外工場の技術員教育を担っていた。 「その森本って方が、今度の出向対象になるって訳ですか」 これまでの話の流れから、掛布は先読みして云った。 「うむ。彼は今年、磯子にマンションを買うたばかりでな、来週、人事面談があるんやが、そこで出向を命じようと考えている」 磯子は、近年ファミリー向けのマンションが多く建設される人気のスポットである。丘陵地に立つ高層マンション群は、東京湾を望む景勝地で、また都心へのアクセスも良く人気を博している。 森本もまた、格安の斡旋ローンを組み新築マンションを購入した従業員の一人であった。 「森本はA型の四十八歳、年齢でいうと、『しらけ世代』にあたる。この年代は、上に団塊世代、下にバブル世代がおって、上司にも部下にも恵まれないため、良く言えば冷静沈着、悪く言えば融通が利かず陰気臭い社員が多い。特に四十代後半ともなると役職も付いて、人によってはメンタルをやられる者もいるから、特に扱い難いんや」 「ちなみに出向というとどちらへ? 下請メーカー、それとも海外?」 ジョーは、宴後のお冷をズズっと飲むと、一息ついてこう言った。 「インドや」 「インド、インドですか…」 インドと聞いて、掛布の背に冷たいものが走った。
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