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半期に一度行われる人事考課では、業績評価のほかに、課員の中長期的な希望職種を聞き、会社として適材適所に人材を置くための判断材料としている。 社員は組織の歯車である一方で、最大限希望を聞き入れることでモチベーションを維持することも重要だ。 一方で、会社は慈善団体ではないため、必ずしも社員全員の希望を聞き入れることができないのも、また真だ。 配置転換を伴う辞令の前には必ず社員の合意を得るのだが、首を縦に振る社員ばかりでなく、高圧的に会社側の意志を押し付け、強引に出向を命じることもある。森本のケースもそうだ。 「―森本はよう頑張っているようで、海外の若手技術員の育成に一役買ってくれた」 人事部技術指導室では、上半期の振り返りとして、全課員を対象に人事考課を行っていた。 技術指導室は、一線を退いたベテラン技術員を中心に構成されており、主に新興国工場の技術員育成を専門にしている。課員の過半数が課長級以上の管理職を経験した中枢部署となっている。 この日、就業後に会議室に呼び出された森本は、若干の緊張感を伴いながら面談に臨んでいた。 対するは、人事部のジョーこと城山丈一郎人事部長。 十月も半ばを越えた中秋の夕刻に、季節外れの半袖シャツを身に纏い、袖先からは日に焼けて浅黒く変色した筋肉質な腕が顔を覗かせていた。 ジョーは薄ら口角を上げながら森本の活躍を称えると、次のように問うた。 「森本は、将来の希望などあるんか?」 「小生は、今後とも変わらず、現在の仕事を続けたいと考えております」 森本は、自らの意志をはっきりと伝えてみせた。 「ほう、つまり若手技術員の育成に注力したいということだな」 感心したような口振りでジョーは頷いた。 四十八歳の森本は、課長代理という肩書きながら、長く若手技術員の育成に傾倒しており、特に近年進展の著しい新興地域の採用、教育を主業としてきた。 森本が担当する半導体電子技術は、新たにインドに設立した半導体工場、さらに岐阜本店工場から工順を移管したタイの組立ラインなど、それぞれ百人ものエンジニアを現地採用し、森本は慣れない言語環境の中、生産立上げに寄与してきた。 その甲斐もあってか、インドでは安徳工機としては世界最大となる年間六十万台もの重電用基板を製造し、世界中の重電メーカーに製品を輸出している。
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