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重電基板分野における安徳工機の市場シェアは五割を維持し、稼働率は常時百パーセントを超え、需要に対して生産が追いつかない状況だ。 日本から遠く離れたインドで、嬉しい悲鳴が続く。 そんな好況もあってか、森本は自身の評価に対して、少なからず自信を抱いており、まさか自分に出向の矛先が及ぶなど、予想だにしていなかったのである。 ジョーの質問に対し森本は声調を整えると、次のように言った。 「ええ、私は技術員教育にこの上ないやりがいを抱いております」 「なるほど、今はグローバル化の時代や。インド、タイでの雇用創出に加え、更なる新興国で採用を増やす可能性はある。人事は世界共通、教育も世界共通、なぜなら製品品質が世界共通だからや」 「ご尤もでございます」 ジョーは至極、満足した様子で、森本の業績を称え続けた。 安徳工機が製造する電子基板は、船舶、プラント、建設機材、工機などの大型電機系統に用いられる。大量生産、大量輸出の時代において、高い品質水準が要求される重電分野は、精度保証に細心の注意を払う。森本の貢献もあり、国内同等品質の製造技術を新興国に水平展開したことにより、価格競争力が向上、安徳工機は各国の顧客から絶対的な信頼を勝ち取っていた。 ジョーの質問は、仕事だけでなく、私的な内容にも及んだ。 「技術員教育に際して、インドやタイに何度か出張したみたいやけど、感触はどないやった」 「ええ、彼らは非常に活き活きしておりますし、ハングリー精神があって、正直、日本人の新卒よりも覚えが早いのではないかと感じております」 森本は、自ら海外を行脚して目の当たりにした事実を、余すことなく伝えようとした。 「ほう、そうか、君も然様に思うか。たしかに、最近の若者は覇気がなく、兎角、情報過多であるため、仕事に対してネガティブな先入観を持つ者が多い。一方、新興国の技術員は勤勉で貪欲だ、彼らの方が覚えも早いし、前向きである」 森本の発言に対し、ジョーは調子を合わせながら頷いた。 一方でその裏には、森本の本心を引き出そうという下心が介在していたのも、また真である。 ジョーは、束となった書類を見詰めながら、 「繰り返すが、来年以降も海外の人材育成を頑張りたいと?」 と念を押すように問うた。 「ええ、そうです」 森本が固く自分の意志を表すと、それを見てジョーは、様子を伺うように、敢えて遠回しに話題を逸らして言った。
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