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満員の甲子園球場では、レフトスタンドからもライトスタンドからも大きな歓声が上がり、名指揮官のイチかバチかの賭けの行末を、固唾を飲んで見守っている。 思わぬ策略を目前にしてザワめく甲子園球場であるが、一方で阪神側ベンチにも、なにやら動きがあった。 ベンチを飛び出した真弓監督が急いで主審の元に駆け寄ると、手を上げて合図した。 口の動きから「代打やな」と推察した掛布の予想は的中、真弓監督は八番今成に対し、怪我から復帰したばかりの西岡を代打に送ったのである。 こうして阪神サイドもまた、大きな賭けに出たのだ。 「ここ最近、不調の西岡や。打率も二割代前半まで落ちている。メジャー行って尻尾巻いて帰って来たとこ、阪神が拾ってやったんやけ、ここで一本打てよ」 掛布はテレビの音量を上げると、両者作戦参謀を見守った。 『さあ、ピッチャーの杉内、一塁ランナーの上本を目で牽制し、だらりと腕を上げて呼吸を整えます』 主審が右手を上げ、プレイの合図がかかると球場全体からは唸るような歓声が湧き上がった。「気迫の一打、打て西岡」の後に、内野席からは「読売潰せ」のコールが湧き上がる。 バシンッ、バシンッと小気味良い投球がミットに刺さる度、溜息が湧く阪神甲子園球場。 当の杉内は、肩に力が入っているのか、なかなかボールがストライクゾーンに入らない。 捕手阿部慎之介は肩を揺らしながら、杉内に力を抜けと合図すると、杉内は左手を大きく上げ、ひとつ深呼吸をしながら脱力した。 『オーーーにしおか、オーーーつよし』 凄まじい応援の中、ボール先行のカウントツー・ゼロから、杉内は二度、阿部のサインに大きく首を振ると、全身の力を振り絞り阿部のミットに直球を投げ込んだ。 「ストレートや、いけ、西岡!」 杉内の指先から放たれる内角高めの豪速球。西岡は溜まらず仰け反ったが、意に反して体が回転し、その反動でバッドの先が飛び出てしまった。 ガツッ…。 バッドの根元に当たり、鈍い音を立てながら力なく舞い上がる白球。 「あかん、詰まったか」 思わず掛布は目を覆ったが、鈍詰まりの打球は予想外に伸び、セカンドベース上の亀井の頭の上をフラフラと越えていった。 「ポテンヒットや! それ、抜けろ!」 願ってもない、打球は誰もいないセンターに落ち、そのまま広い外野グラウンドを転がっていったのだ。 「長打や、回れ、回れ!」
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