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ボールが転々としている間に、西岡は俊足を飛ばして二塁に向かい、三塁ランナーはホームへ悠々と生還した。 続いて一塁にいた上本も、一気に三塁を回ってホームに突っ込む。 漸く打球に追いついた右翼の高橋由伸が内野に返球すると、それを亀井が中継カットし、強肩亀井から糸を引くような本塁返球が放たれた。 ギリギリのタイミング、一か八かの判断で、上本は追加点を狙い懸命に駆け抜ける。 そして次の瞬間、上本が体を捩らせながらうまく阿部のミットを掻い潜ると、主審は勢いよく両手を水平に広げた。 「セーフや!」 間一髪、見事上本が生還すると、甲子園球場はこの日一番の盛り上がりをみせた。 阪神側ベンチ前で、好走塁をみせた上本を称え選手の輪ができる。 二塁の西岡は、ほれ見たものかと拳を上げ、轟々と鳴り響く六甲颪に応えた。 奇襲守備シフト失敗。 原監督は再びマウンドに歩み寄り、杉内からボールを受け取ると、力なくピッチャー交代を命じた。 ベンチに引き下がる杉内に対し、阪神ファンからは「ざまぁみろ」の野次が飛び、一方レフトスタンドの巨人ファンは、負けを確信しゾロゾロと球場を後にした。 「かっかっか、なにやってんだよ。原監督はアホですね」 掛布は顔を赤らめながら笑うと、さも愉快そうにビールを一気にした。 試合の流れが阪神に引き寄せられ、酒が進む。 勝利を確信した掛布は前のめりの態勢を戻すと、余裕な素振りで膝を伸ばした。 その後、阪神サイドは、投手能見に代えて代打今岡を送ったが内野ゴロで凡退。続く鳥谷も三振に倒れ阪神の攻撃は終了した。しかし土壇場での追加点の影響は大きく、この回で阪神ファンは勝利を確信した。 掛布は気分よく晩酌を続けると、目の前に難しそうな顔をして画面を見続けるジョーの姿に気づいた。 「どうしたんすか、もしや読売応援してますの?」 小馬鹿にした様子で掛布が言うと、ジョーはジョッキをドンとテーブルに勢いよく置いた。 「いや、違う」 鈍音が店内に鳴り響く。 掛布は堪らず顔を顰めたが、ジョーがなぜ怪訝な態度を取るのか、この時点で解せ切れずにいた。 「冗談ですよ、そんな怒らんでも」 阪神ファンにとって、読売を応援しているのかと言われるのは最大の侮辱である。 掛布は、自らが軽はずみに発した冗談を、ジョーが本気で受け止めてしまったのではないかと感じ、自省の念に駆られた。
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