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野球も経営も、外的要因をうまく捉え、先読みして行動することが必要。でないと時代に遅れ、他社との競争に勝てないと、過去の甲子園大会を引き合いにジョーは仕切りに力説した。 「市況を読んで適材適所に人を置く、時には大胆な采配も必要。保身に走って経験を積まん経営者はいつまでも成長がないのや」 ジョーは再び勢いよくジョッキを置くと、「大将、おかわり」と豪快に叫んだ。 「―ワシの名前は城山丈一郎。人呼んで人事部のジョー、よろしくな」 城山がこの四月、人事部に移ってきたときの評判は最悪だった 作業着姿に胡麻塩頭、とても本社部門の役付きに相応しい見てくれでなく、女子社員の多い人事部フロアでは、城山の姿は浮き立っていた。 しかしジョーに対する非難の理由は、決してその身形によるものではない。 「作業着を着るために大学を卒業したわけではないという顔をしているな」 ジョーはやり手だが、傍若無人で、少々乱暴過ぎる帰来がある。 現場からの叩き上げというだけあって、机上の空論を嫌い、思い立ったらすぐ行動に移すスピード感がジョーの持ち味だが、その速度に付いていくことが出来ず、音を上げる社員が大半を占めたのだ。 「いいか、安徳工機の前年度業績は赤字。首位のジョイックスに大きく水を空けられている。海外展開の遅れ、魅力のない商品企画、開発予算の見込み違い…、敗因は諸々あるが、人事的にいえば、時代遅れのマネジメント、これが一番の問題や」 安徳工機は横浜に本社を構える総合機械メーカーで、本店工場は同社発祥の地でもある岐阜にある。 売上高一兆円は首位のジョイックスに次ぎ業界第二位であり、近年はその差が顕著に開いていた。 もともと日本三大財閥のひとつに数えられる安徳財閥であったが、戦後財閥解体とともに分離独立した。当時は船舶、軍需製品を主力とし、後にプラント、電車の製造開発、そして近年は家電など一般消費財から重電部門と幅広く経営を展開している。 ジョーは、人事部長として出勤初日、フロア全体に響き渡る声で持論を展開したが、あまりの唐突な印象に、社員誰しもが顔を顰めたのである。 「人事の基本は三年でローテーション、例外はない。これがワシのマニフェストや。マニフェストは単純明快な方がいい。シンプル・イズ・ベスト、これ以外にない」 ジョーの所信声明は至極、明快かつ手短に済まされた。 経営は誰もが簡単に理解できる単純なものが良い。
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