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他の駐在国と違って、定型の従業員規則の存在しないエチオピアでは、駐在員用のアパートメントなど未だ整備されている訳がなく、しばらくはホテル住まいとなった。 意外にも、アジスアベバには、シェラトンやインターコンチネンタル、ヒルトンといった外資系高級ホテルが多く進出しており、ホテル事情は充実していた。 しかし、精神疾患者の寄せ集めで構成されたエチオピア駐在員にそこまでの贅沢を会社が認める訳がなく、白鳥らは、素泊まり一泊千円の『ハイツ・ホテル』へ長期滞在することが決まった。ハイツ・ホテルは、アジスアベバ市内では中級程度であるが、日本のビジネスホテルの足元にも及ばない不潔さで、なにより便所が離にあるのは苦痛であった。 日本から空輸した生活用品は、既に白鳥の部屋に運び込まれており、開梱して部屋を整理すると、それなりに生活感は出た。 しばらく、ここが居住空間となるのか。 岐阜の独身寮と比べて、どちらがマシであろう、などと考えながら時計を見上げると、時刻は既に日付を過ぎている。 明日も仕事である。白鳥は電気を消すと、すぐに床に付いた。 しかし、エチオピア最初の夜、白鳥は悪夢に魘さることになる。 「ギュルルル…、ギュルルル…」 野鳥で有名なエチオピアは、首都アジスアベバでも多くの鳥類が飛び交い、夜間も得体の知れない鳥たちの合唱が聞こえた。 長時間の移動と慣れない環境に疲労が蓄積していたが、白鳥は、そんな鳥々の合唱に、なかなか眠りに就けずにいた。 「ギュルルル…、ギュルルル…」 月灯が部屋に差し込み、窓外の木枝の陰が、夜間であるのに木漏れ日のように揺らいでいる。枝先には、一羽の黒襟雉鳩が、怪しい鳴声を轟かせている。 「ギュルルル…、バビ…、バビバビバビ!」 一旦、眠りについた白鳥は、妙な物音で目を覚ました。 気が付くと、白鳥の背中は汗でグッショリと濡れている。 また、突如として、激しい悪寒に襲われたのである。 先ほどまで枝先に留まっていた黒襟雉鳩は、既に飛び去ってしまっていたが、未だに妙な鳴声が、どこからともなく響き渡っている。 長時間のフライトの後、慣れないエチオピアの街並みをひた走り、気付かない内に、白鳥は相当の体力を消耗していたことは違いない。 金縛りによる幻聴なのか、そう思った矢先、さらなる歪音が聞こえたとき、それが雉鳩によるものでなく、自分自身の下腹部から鳴っていることに気か付いた。
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