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豪田は、初球は様子を見ることに心に決め、落ち着いた足取りでゆっくりと打席に入った。 対するマウンド上の島袋は、左肩越しにファーストランナーを目で牽制した後、クイックモーションから初球を投じた。 『スパァーンッ!』 乾いた音が甲子園球場に木霊すると、主審は勢いよく右手を上げた。ストライクだ。 それを見て、沖縄水産アルプスからは轟音のような歓声が上がる。 島袋の放った球は、綺麗な縦回転をさせながら、鋭くキャッチャーミットに収まった。 豪田と島袋。互いに将来を有望視された選手が、甲子園の舞台で死闘を繰り広げている。 「初球は、真ん中低めの直球です。今の球を見てどうでしょうか」 「連日連投の島袋君ですが、疲れが見えませんね。しっかりと腕が振れています」 豪田は初球を見逃すと、いったん打席を外し、やはり二度、三度と素振りをした。 速い―。 純粋に豪田は、そう感じた。 沖縄水産はエース島袋が、大会初戦から連投しており、この日も初回から投げ続け、既に球数は百四十を越えている。 にも関わらず、電光掲示板に映る球速表示は百四十九キロ。高校生投手としては最も速い部類だ。 また球速表示だけではなく、低めにコントロールされた勢いのある速球は、仮に手を出しても、詰まって内野ゴロがよいところだろう。当の島袋も、残りあと一人で優勝という場面で、ペースを上げてきたと思われた。 満員の外野席を遠目に眺めながら、豪田は冷静に戦略を巡らせた。事前に行った対戦投手の研究、そして、これまでの投球内容から、 「ここは変化球に絞るべきだ」 と、咄嗟に判断したのだった。 豪田はこの日、三回裏に先制の適時打を放っており、その時打ったのも、やはりスライダーであった。 好投手島袋は、球種は少ないものの、伸びのある直球と変化量の多いスライダーでバッターのタイミングを崩し、ここまで順調に勝ち上がってきた。 島袋は然程、大柄という訳ではないが、腕が長く球持ちが良いため、球の出所がバッターボックスに近く、実際の球速表示よりも速く感じる。またストレートと変化球の腕の振りが殆ど同じであるため、リリースポイントの見極めが難しい。プロのスカウトも絶賛する技術があった。 高校生投手としては完成された投球術を伴わせる島袋であるが、しかし豪田にも勝因がない訳ではない。 島袋のスライダーは、低めに決まると手を出せないが、球速が遅い分、高めに入れば狙いようがある。
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