第1章

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「聞いてるわ。何度も聞きすぎて頭が痛くなりそう。ブルーもタムもほんとうに……あっ」  ミミは緑に澄んだ瞳を見ひらいてブルーの背後に釘付けになった。  その視線を受けてシルヴェルが丁寧なお辞儀をする。 「……あなたは……」  ブルーが思い出したように、ああ、こちらは、と青年の紹介を始めようとしたのを、シルヴェルの心底おかしそうな笑い声が遮った。 「なんて顔をするんだよ、君は」シルヴェルはブルーの隣に立つと、ミミの瞳を覗き込んで、ふたたび吹き出した。「もしかしてあの出会いは夢かまぼろしだと? それとも僕のことを幽霊かお化けだと思ったとか?」 「いえ、そんな……」  ミミは工具を取り落とし、細い手と手をからませ、胸の前でぎゅっと握った。  覚えている。神さまの領域で出会った綺麗なひと――。 「あの、あなたは……」  震える声でもう一度問おうとしたとき、ブルーがさも意外だといわんばかりに、 「なんだ、知り合いだったのか」とぼさぼさの頭を掻いた。  シルヴェルは意味深な微笑を浮かべてブルーを横目で見る。 「そう、知り合いさ。……今はまだ、ね」 「……」  ブルーは思わず憤然とした顔でシルヴェルを睨みかけ、どうにかこらえる。どうせ単なる冗談だ。この青年のこういうところにいちいち心乱されてたまるものか。  その時。 「ぶるーのうそつき」  ミミの隣で立ち尽くしていた少年が尖った声で、まるで警告を発するかのように言った。今にも泣きそうにくちびるをゆがめて、真珠のロザリオのクロスを抱く手にますます力をこめて。 「おいタム、いきなり何だ。俺は嘘なんてついちゃいないぞ」 「おねえちゃん」タムは小さな手でミミの肩を揺さぶった。「そいつにちかづいちゃだめだ。きをつけて。そいつは、わるもの」  ミミは驚いてされるがままになっていたが、はっと我に返って「タム……」とやさしく呼んだ。そっと手をとり、困ったように微笑む。 「タムったら。いけないわ、お客さまにそんな失礼なことを言っては。ね?」 「おねえちゃん……」  タムは傷ついた顔をして、その瞳にはみるみる涙をにじませる。ややあってからミミの手を乱暴にふり払い、作業台をまわって店の外に駆けだしていった。  扉のベルが振り切れそうなくらい揺れて、大きな音を立てた。  ブルーアンバーとはすぐに打ち解けたというのに、まったく不可解な反応だった。
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