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「聞いてるわ。何度も聞きすぎて頭が痛くなりそう。ブルーもタムもほんとうに……あっ」
ミミは緑に澄んだ瞳を見ひらいてブルーの背後に釘付けになった。
その視線を受けてシルヴェルが丁寧なお辞儀をする。
「……あなたは……」
ブルーが思い出したように、ああ、こちらは、と青年の紹介を始めようとしたのを、シルヴェルの心底おかしそうな笑い声が遮った。
「なんて顔をするんだよ、君は」シルヴェルはブルーの隣に立つと、ミミの瞳を覗き込んで、ふたたび吹き出した。「もしかしてあの出会いは夢かまぼろしだと? それとも僕のことを幽霊かお化けだと思ったとか?」
「いえ、そんな……」
ミミは工具を取り落とし、細い手と手をからませ、胸の前でぎゅっと握った。
覚えている。神さまの領域で出会った綺麗なひと――。
「あの、あなたは……」
震える声でもう一度問おうとしたとき、ブルーがさも意外だといわんばかりに、
「なんだ、知り合いだったのか」とぼさぼさの頭を掻いた。
シルヴェルは意味深な微笑を浮かべてブルーを横目で見る。
「そう、知り合いさ。……今はまだ、ね」
「……」
ブルーは思わず憤然とした顔でシルヴェルを睨みかけ、どうにかこらえる。どうせ単なる冗談だ。この青年のこういうところにいちいち心乱されてたまるものか。
その時。
「ぶるーのうそつき」
ミミの隣で立ち尽くしていた少年が尖った声で、まるで警告を発するかのように言った。今にも泣きそうにくちびるをゆがめて、真珠のロザリオのクロスを抱く手にますます力をこめて。
「おいタム、いきなり何だ。俺は嘘なんてついちゃいないぞ」
「おねえちゃん」タムは小さな手でミミの肩を揺さぶった。「そいつにちかづいちゃだめだ。きをつけて。そいつは、わるもの」
ミミは驚いてされるがままになっていたが、はっと我に返って「タム……」とやさしく呼んだ。そっと手をとり、困ったように微笑む。
「タムったら。いけないわ、お客さまにそんな失礼なことを言っては。ね?」
「おねえちゃん……」
タムは傷ついた顔をして、その瞳にはみるみる涙をにじませる。ややあってからミミの手を乱暴にふり払い、作業台をまわって店の外に駆けだしていった。
扉のベルが振り切れそうなくらい揺れて、大きな音を立てた。
ブルーアンバーとはすぐに打ち解けたというのに、まったく不可解な反応だった。
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