第1章

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   一*終わらない秋  ミミは白樺の並木を歩いていた。  何故だか解らない。だが知っている。湖へと続く道だ。  一歩、一歩、進むごとに白い霧が濃くなってゆく。雲の中を歩いたら、こんなだろうか。そんなことをぼんやりと思う。これは夢? それとも現実? それとも夢と現実の狭間? それとも……それとも、そのどれでもなくて、私の知らないどこか……そう、たとえば、神さまの領域……。  リィィィィン。  そのとき静寂を打ち破るように、耳元で鈴の音がはじけた。  ミミは、はっと目を見張る。  湖のほとりに、だれかがいる。まるでずっと前からそこにたたずんでいたかのように、静かに、むこうを向いて、無色の陽光を浴びている。   すらりと均整のとれた長身を純白の外套に包んでいる。ほんのわずか毛先にくせのある長い髪は一見それと同じ白だが、光を受けて微細な銀色に輝く。  綺麗だった。  女のひとだろうか。ミミは思わずその背中にそろそろと手を伸べる。「あの、私……」  リィィィィン。と、また鈴が鳴った。  銀箔を散らすように髪の毛を揺らしながら、ミミと同じく夢心地な様子でその人は振り返る。が、ミミを見た瞬間、あきらかな驚きに目を丸くした。しばらくしてから一歩あゆみよって、ゆっくりとミミの手をとり、ひざまづく。  澄んだ銀色の瞳からきらりと、ひとすじの涙が流れた。  涙は少女の白い手に落ち、宝石のように丸く弾んで消えていった。  ミミは戸惑いの表情を浮かべて、ふたたび「私……」と繰り返した。 「私、だれかに、呼ばれたような気がして……」 「僕もです」  やさしく穏やかな、男の声だった。「そして長い間、ずっと願っていました」 「何を……?」  青年はミミの手を胸に抱くようにして、上目遣いに少女を見つめる。細かい睫毛も銀色をしているのがわかる。問いには答えず、でも、とつぶやいた。 「でも、もうそんなこと、やめてしまおうか」 「あの……」  するり。青年の長い指が、確かめるようにミミの手を撫でた。 「このまま何も願わなかったなら……めぐり会えたままで、いられるから……」    *
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