第1章

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 その年の秋は、何故かとても長く続いた。木々たちは濃い赤や黄色の輝きに満ちた葉を茂らせ、金色の小麦の穂はほんのりとあたたかな風に波打ち、さまざまな果実はやわらかな陽を反射して艶々とし、丸々太って枝をしならせた。村人たちはこれまでにない豊作に沸き、皆それぞれが神の恵みに感謝した。 「おねえちゃん、おねえちゃん!」  栗色の巻き毛の少年は舌足らずな声で呼びながら、細い道を駆けてゆく。途中、舞い散る銀杏の葉を浴びて、両手を広げてくるくると回ってみせたり、木陰に身を隠しては、その可愛らしい顔だけ出してみせたりしながら、歩みのゆっくりなミミを待っては駆け、待っては駆けてゆく。 「タムったら、まるで秋の妖精みたい」  大粒の葡萄や真っ赤な林檎、それから今年はとくべつ甘いという細長い梨などが盛られた籠を抱えなおしながら、ミミは笑う。やさしい風にふわふわとなびく長い髪は薄茶色だが、陽光に透けて淡い金に輝いている。瞳は丸く、蛍石のようなグリーンを宿している。  おねえちゃん、とタムがまた呼ぶ。 「はやくかえってりんごをたべよう。りんごはね、いのちのかじつだから、たくさんたくさんたべるとね、とても、とてもげんきになるんだ。おねえちゃんもぼくみたいに、とんだり、はねたりできるようになるんだ。そうしたら、そうしたらね……」 「一緒においかけっこをしよう、よね。わかっているわ。でもね、タム」  タムは道の真ん中でまたくるりと回り、両手を後ろで組んで眼をぱちくりさせた。首からさげた真珠のロザリオが、しゃら、と音を立てて揺れた。 「うん?」 「食べる前には神さまにお祈りするの。こんなにいっぱいの恵みをありがとうって。それから、半分はお鍋で煮て、ジャムにするのよ。お砂糖をたくさん入れるから、もっともっと甘くて美味しくなるわ」 「うん! おねえちゃんのじゃむ、ぼく、だいすき」そう言ってタムは十字架を大事そうに両手で包んだ。「おいのりのしかた、もういっかいおしえて、ね、おねえちゃん」 「そうね」ミミは秋の太陽をあおいで目を細める。「じゃあ急いで帰りましょう」  タムがミミに駆け寄って、籠に手を伸ばす。  タムの右手、ミミの左手。ふたりで持ち手を握り、重さを半分ずつにして歩いてゆく。  ゆるやかな上り坂になっている道の先には、一軒のちいさな家がある。  ミミの、ロザリオ屋だ。  それは村はずれの日だまり。
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