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「……だから何故」
「タムは迷子なの。秋の迷子。可愛いでしょう?」
「……」
ブルーアンバーは顔をしかめて額に手をやり、ため息をついた。
「そうか、動物だけでは飽き足らず、遂に人間の子どもまで飼うのか、お前は」
「やだ、飼うだなんてタムに失礼よ。タム、ブルーはね、おうちの宝石商の仕事を手伝っているの。あなたのロザリオの真珠も、ブルーが外国から持ってきてくれたのよ。ブルーは、私の大切な幼なじみなの」
「がいこく……」
タムは首に下げたロザリオを感心したように眺めている。
その向かいでブルーアンバーは空を振り仰ぎ、ふたたびため息をついた。
――なあミミ。俺はいつまでお前の幼なじみなんだろうな。
ミミの家は一階が半地下、二階が居間兼アトリエと寝室になっている。
玄関の扉へと続く短い階段の手すりにもたれ、大きな口で梨を囓りながら、ブルーアンバーは今年最後の旅について熱っぽく語った。
さまざまな毛色の猫が人間と同じ数ほど住んでいる街。一日の半分が海水に浸かり、人が大通りを船で行き来する都市。黒い瞳の少女が首にかけてくれた真紅の花輪の香り。大きくひらけた宝石の掘削場で見た美しい虹――。
そして……どの料理にももれなく凄まじい辛さの油がかかっていて辟易した、ある国の、屋台がひしめく地下街。何十ものスパイスを配合するという色とりどりのスープに、花の雄しべを混ぜ込んで炊くという小麦に似た穀物。パンのようでパンではない、どうにも発音の難しい料理。
「それから、鶏を長い時間煮込んだ熱い汁の中に、糸のようなものが山ほど入っていてな、二本の棒を使って食べる……これはなかなか難儀したぞ。だが予想外に美味でな、しかもべらぼうに安い。俺は銅貨一枚で何杯も……」
「もうブルーったら、けっきょくいつも食べ物の話になるんだから」
ミミはそう言って笑うが、ブルーはというと神妙な顔をして腕組みをする。
「笑い話ではない。これは重要かつ不可欠な事柄だ。食いものが人を作る、身体を動かす、頭を働かす。旅の中にあっては……」
「はいはい。生死にかかわる大問題であり、また俺にとっては最大の楽しみである、ね」
「……その通りだ」
しゃく。ブルーは得意げに頷きながら梨を頬ばる。
ミミはとうとう盛大に吹き出した。
「やっぱり子どもみたい」
「あ? 何か言ったか」
「なんにも」
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