冬樹と夏樹

6/37
前へ
/640ページ
次へ
これは完全に見つかったな。 母親も当然のことながらその子供の姿をすぐに見つけると、気付かれないように背後に忍び寄ると、その子供の着ているTシャツのフード部分をしっかりと掴み、軽く引っ張り上げた。 瞬間、子供の身体は強張り、動きを止めてしまう。 「こーらっ。夏樹、待ちなさい。逃がさないぞっ」 ちょっと嬉しそうに彼女は言った。 すると、その子供はフード越しに母親を振り返り見上げると、にっこりと無邪気に笑いかけた。 「ぼく、ふゆきだよ?おかあさん」 「…あら?」 母親は目をぱちくりさせている。 動揺して母親の手がTシャツから離れると、その少年冬樹は、素早く靴を履き終えて立ち上がった。 そして半ば考え込んでしまっている母親に向かって、廊下の向こう側を指さして言った。 「なっちゃんなら、あとからくるよ」 そして、母親が自分の指さした方向を振り返っているうちに冬樹は、 「いってきまーすっ」 外へ駆けて行ってしまった。 小学二年生の割には少々小さめな冬樹の背中が、外の光の中へと消えて行く。 とりあえず、 「いってらっしゃい…」 と、見送るしかなかった母親は、そのままひとり考え込んでしまう。
/640ページ

最初のコメントを投稿しよう!

179人が本棚に入れています
本棚に追加