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「先生、最近暗いよ? どしたの?」
冬休みが明け、早くも一ヶ月が過ぎた頃、今日も保健室に遊びに来た沙代が突然聞いてきた。
「あ、あぁ。毎日来る迷惑な客のせいで仕事が進まなくてな……」
また悪態。その度、心が痛む。苦しい。締め付けられる。
「えー? だれだれ? 私も結構来るけどすれ違ったこと無いよー」
しかし、そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、沙代はあっけらかんとしている。そういえば、こんなに会話をするようになったのはいつからだろうか?
最初に会った頃は必要最低限。目が治って沙代が遊びに来るようになった頃は、程々に。
…………多分、俺が俺を偽りだした頃からだ。俺が沙代に心を許してしまわないよう、遠ざける言葉を選んで言うようになってから、沙代がここに来る頻度はより増えたような気がする。
「もー、そんな暗いと彼女も出来ないよ? はい、そんなモテない先生にバレンタインチョコあげる!」
鼓動が高鳴った。俺に向けられる沙代の満面の笑み。そして目の前に差し出されたチョコレート。
あぁ、今日はバレンタインか……
「あ、ありがとう」
脈が早くなっているからなのか、ぎこちないお礼を告げると、俺は沙代からチョコレートを受け取った。
「やっと素直になった! そうそう、その方が先生らしいよ」
「どういうことだ?」
「どうもこうも、最近様子がおかしかったよ? 目も合わせてくれないし、生返事ばっかだし」
それを聞いて、俺は吹き出してしまった。
そうか……どんなに取り繕っても、嘘でかためられた自分というのは見破られてしまうんだな。沙代の言葉を聞いて、今まで悩んでいたことが急に馬鹿らしくなった。
自然体でいられることがどんなに幸せなのか。自分を偽り、無理をすればするほど心がすり切れていく。そして、大切なのはそんな自然体の自分を受け入れてくれる存在がいること。それだけで心がスッと軽くなるのを体感してしまった。
やっぱり、俺は君が好きだ。
―完―
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