2522人が本棚に入れています
本棚に追加
/243ページ
「……あ、降り出した」
「早く、車へ」
ぽつりと大きな水滴が落ちた。暗く陰ったアスファルトに無数の染みをつくり、慌てて車に乗り込む。
あっという間に激しい水粒が車のボンネットを叩き始めた。車内から見える景色は真っ白だ。病院の建物すら見えない。
二人は雨が小降りになるのを待つことにした。
「うわ、雷まで鳴りだしたし。柾木サン雷は平気?」
「ええ、特に問題は。外を歩いている訳ではありませんし」
「ちっ、面白くねーの」
中年の自分が雷を怖がったとして、それはそんなに面白いことなんだろうか。
激しい雨音と雷で、世界から切り離されたような錯覚に陥る。窓から見えるのは、滝のように流れる雨水ばかりだ。
ハンドルに凭れ、じっと前を見ていた涼一郎が、口を開いた。
「ねえ柾木サン、俺の顔になんかついてる?」
違う。見惚れていたのだ。チラチラと盗み見るようにその横顔を見ていた。隠していたつもりが気付かれている。
「……あ、」
恥ずかしい。なにか言い訳をしなくては。柾木は口を開いた。何を言うつもりなのか、自分にも分からない。ただ、慌てた。
涼一郎が身を乗り出した。堪え切れないように、強く抱き竦められる。
あっと思った時には、顎を掬われ噛み付くように口を塞がれていた。
「ん、うっ……」
土砂降りの雨に遮断された小さな世界で、二人の息づかいだけが耳に残る。激しい感情が二人を捉え、互いを求め合う。
今なら誰に聞かれることもない。甘やかな吐息を漏らし、柾木は涼一郎に応えた。
最初のコメントを投稿しよう!