1. 帰り道

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 電車にゆられながら帰途へついていた。  電車内は満員というわけではないが空席があるというわけでもなく、私は仕方なく扉の近くの手すりにもたれかかった。  周りの人間もサラリーマンなのだろう、スーツ姿の人々は一様に疲れた様子で、それぞれがイヤホンを耳につけていたり、片手でスマートフォンを操作している。  飲料メーカーで働き始めて3年。ようやく仕事には慣れてきたものの、新人の頃に比べて仕事量も増え、仕事のあとの疲労感には一向に慣れることができなかった。  窓の外を見つめ、ぼーっとしていた私の頭の中で、ふとミホの姿が浮かんだ。頭の中の彼女は腕を高く上げ、手をひらひらと振っていた。  別れ際には必ず手を頭の上まで持っていき、ひらひらと振るのが彼女の癖だった。その腕の長さからだろうか、手を振る姿は行儀の良いチンパンジーのようで微笑ましかった。  大学時代から付き合っているミホともずいぶん会えていなかった。時間を作れば会うことはできただろうが、仕事が忙しくなってからというもの、どこかわずらわしさを感じている自分もいる。  ため息にも深呼吸にも似た息を吐きながら、ぼんやりと窓の外を見た。  街灯、賑わっている繁華街、工場の明かり。暗闇の中、流れていく景色は見慣れた光景だった。  電車はトンネルへとさしかかり、窓の外が暗くなる。窓に映っているのは北見徹、つまり自分の顔だったが、なんだかずいぶんと歳をとっているように見えた。  このままずっと同じ生活が続いていくのだろうか。  ポケットに振動が走る。携帯を見ると、ミホからのメールだった。 「徹が子どもの頃、なりたいものってなんだった?」  ミホからのメールはいつも唐突だった。前置きや助走のようなものは一切なく、その代わりいつまでも根にもつようなタイプでもない。考えるよりも先に行動するような人間だ。  私はメールの内容を確認し、あいかわらずのミホからの唐突な質問に答えるため、記憶の扉を開けた。小学生の卒業文集に書いた「将来の夢」はたしか、と思いを巡らせる。  夢を思い出しながら、それとなく質問の意図を聞いてみようとミホにメールを送信した。すぐに返事が返ってくる。どうやら就活のヒントにしたいらしい。
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