1. 帰り道

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 私の子どもの頃の夢は、殺し屋だった。  正確にはヒットマンだ。その当時、流行っていたハリウッド映画に出てくる主人公の職業だった。演じていた俳優の名前は忘れてしまったが、劇中で脇役が発した「ヤツは一流のヒットマンさ」という台詞が頭に残っていた。その正義の味方然とした響きにあこがれ、卒業文集に「ヒットマン」と書き、母親にこっぴどく叱られたのを思い出した。  さすがにこれは送れないなと思い、他の思い出はないかと頭の中の記憶を掘り起こす。  子どもの頃を思い出として浮かぶのものといえば、明日券を枕元に置いて寝ていたということぐらいか。  私は幼い頃から「明日券が無ければ明日は来ない」と教えられてきた。母に怒られた際にはたいてい「そんな悪い子には明日券が届かなくなるよ」と言われたものだ。  それからというもの私は明日が来なくなるのが怖くて、切符ほどの大きさの明日券を枕元に置いて眠るようになった。しかし今にして思えば明日券は母が発行していたわけではないのだから、送られて来なくなることなどなかったのだ。  明日券がどこから送られてくるのか不思議に思ったこともあった。驚いたのは昔、家族で旅行に行った際に、宿泊先のホテルで明日券を渡されたことだ。一体どのように宿泊先まで明日券を届けているのか、そのときは疑問にも思わなかった。両親はホテル側で管理してくれと頼んでいたが、私は喜々として受け取り、例のごとく枕元に置いて眠った。  私が一人暮らしを初めた当日にも引っ越し先に明日券が送られてきていたので、なんとなく行政の管轄なのだろうと思っていた。  ミホへの返信に困っていると、最寄り駅のアナウンスが流れた。私は携帯を操作し、メールの文面に「殺し屋」と入力する。が、やっぱり消去し「ヒットマン」と打ち直すが、これも消去した。思い悩んだあげく、結局は「必殺仕事人」と打って送信した。  直後にミホからメールが届いた。メールの文面を見て、やはり彼女は考えるより先に行動するタイプなのだと実感した。 「イミガワカラナイヨ」  それは困ったときのミホの口癖だった。
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