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「な、なんでですか?」
見た目とは裏腹にしっかりとした口ぶりのその男は、鋭い目をキョロキョロと動かしている。
「明日券にはよ、通常、自分の名前や番号が記載されていて、他人が使えないようになってるんだよ。ただ今回、臨時で配られる明日券にはそういうものが一切記載されていないから誰でも使えるようになってんだ」
「詳しいんですね」
褒められた男は当たり前のように「まあな」と答える。
「じゃあそれを手に入れれば・・・」
「この人の数を見てみろ。俺の情報じゃあとてもこの人数に行き渡る明日券はない」
どこからそんな情報を手に入れるんだか。テレビでは何も言っていなかったはずだ。と聞いてみても、男は「情報は意外なところに転がってるもんなんだよ」とはぐらかすばかりだ。
「噂では明日券を高値で買い占めて転売している業者もいるらしい」
この事態をお金に変えようとしている人がいることにぞっとする。
「そもそも明日券がない状態で明日を迎えたら、どうなるんですか?」
「さあな。誰も経験したことがないんだろうし、だからこそ不安な人間がこんなにも集まってるってことだろ」
ずいぶん他人事のような話しぶりの男に「あなたは明日券を持っているんですか?」とたずねた。
「おれは今、公園で寝泊まりしてる。だから俺の元に明日券が送られて来てんのか来てないのか、それすら把握できないんだよ」となぜか男は得意げだ。
「じゃあ念のためあなたも並んだ方がいいですよ」
「言ったろ?この人数にいきわたる明日券はないんだよ」
「でも明日券が全員に行き渡らないなんて知れたら、それこそどうなるか分かりませんよ」
私は辺りを見回す。誰かに聞かれていたら今すぐにでも暴動が起こりそうだ。
いつの間にか市役所の脇にパトカーが停まっているのが目に入った。治安維持のためなのか、しかしこの状況じゃ逆効果にもなりかねないのではと思った。
「あらかじめ明日券が足りないことを知っていたとしたら?」
「え?」
「俺なら先に暴動を起こして・・・」
バーン!という大きな音が響いた。一瞬の静寂のあと、女性の悲鳴のような声が上がる。長く伸びたナイル川の先頭、市役所の敷地内からだった。
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