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信じる
次から次へとやってくる黒い列をぼーっと眺める。
足取り重くやって来て神妙な顔つきで頭を下げるその群れに、事務的に頭を下げ返しながらぼんやりとした頭で考えた。
こうして、暗い顔をしてやってくるもの達の中に一体どれだけ祖父と心を通わせた者がいるのだろう。
記憶の中にいる祖父はいつも独りだ。
皆に遠巻きに見られ、親戚達にコソコソと噂を立てられ、それでもそんな事には微塵も興味を持たず生き生きとした顔で笑っている人だった。
ふと、花の中に飾られている黒縁の中へと視線をやる。
真面目な顔でキリッとどこかを見つめている祖父の顔がある。
面白いことを沢山教えてくれる祖父が大好きだった僕に母や大人達はいい顔をしなかった。
「おじいちゃんは嘘つきなんだから、信じちゃダメよ。」
祖父に教えてもらったことを嬉嬉として報告すると母は決まってそういった。
「虚言癖」「妄想癖」「痴呆」
大人達は呆れたように迷惑そうに祖父をみていて、それに気がつける年になった時。
僕は祖父がわからなくなった。
大好きなおじいちゃん。
物知りなおじいちゃん。
かっこよくてすごいおじいちゃん。
僕はずっとそう思っていたけれど、大人達は誰一人そうは思っていなかった。自分の中の祖父の象と大人達が言う祖父の象は全く違う人のようで、なんだか少し怖く感じた。
ある時、庭の池の中で『 使命』を果たしている祖父に「おじいちゃんは嘘つきなの?」と馬鹿正直に疑問を伝えたことがある。
祖父は作業を止めて黒い瞳でこちらをじっと見やり、ゆっくりと口を開いた。
「真実なんてのはあやふやなもんだ。輪郭がなくてぼんやりとしたそれを見定めようと思うなら自分がしっかりしなくちゃいけねぇ。
こっちもぼんやり、あっちもぼんやりじゃぁいつまでたっても掴めやしねぇ。
・・・・たく。大事なのはな、『 周りが』じゃねぇんだ。『 自分が』どう思うのかって事さ。信じるものを信じ続けろ。それはいつか必ず真実になる。・・・・・・なぁ、たく。お前は何を信じる?」
ニヤリと笑ってびしょ濡れで両手を広げた祖父に、あの時僕はなんと答えたんだったろうか?
「たく君、ちょっといい?」
ふと、名前を呼ばれてそちらを見ると叔母が手招きをしている。
母の方を伺えば「ここはもういいよ。」と言われたので、大人しく叔母のあとを着いていく。
「コレなんだけどね。」
申し訳無さそうな顔で叔母さんが差し出したのは、祖父の大切にしていた箱だ。
「パンドラの箱」
思わずつぶやくと、叔母さんは「たく君は父と仲が良かったものね。」と微笑んだ。
「たく君も大きくなったし、父がどんな人かもうわかってると思うからどうしようか迷ったんだけど・・・・・・。
生前からコレはたくに引き継げって繰り返し言われててね。遺言書にも丁寧に書かれていたから無下にはできないでしょう?
どうせガラクタや父の妄想しか詰まっていないだろうから捨ててしまって構わないから、」
「受け取ります。」
叔母の言葉を遮り両手を伸ばすと、叔母は引き攣った笑みを浮かべ
「たく君、分かってると思うけど父は」
「わかってます。厨二病でしょう?」
再度、叔母の言葉を遮って真っ直ぐ見つめながらそう伝えると叔母は安心したようにホッと息をついた。
「そうよね。たく君もう高校生だものね。ごめんなさいね。・・・たく君、小さな頃父に懐いていたでしょう?だから悪い影響がでていないか心配で。でも大丈夫そうね。」
納得した叔母がやっと手渡してくれたその箱を胸にしっかりと抱える。
(・・・小さい。)
記憶の中にある『 パンドラの箱』はもう少し大きくて物々しい雰囲気を醸し出していたはずだけれど、今自分の抱えている箱はとても小さく頼りなく見えた。
「本当に捨ててくれて構わないわよ。」
「いえ。ちゃんと見ます。おじいちゃんと一緒に遊んだ思い出なので。」
いつものように笑った叔母に箱をギュッと抱きしめたままそう伝える。
叔母は眩しいものを見るように目を細め、小さく「・・・・・・そう。」と頷いた。
そのまま来た道を戻ろうとすると叔母に呼び止められる。
「私も、姉も、父のことは理解できなくて嫌いだったけれど。たく君にも本当は父と仲良くして欲しくなかったくらいだけれど。それでも言わせてちょうだい。
・・・・・・父を、1人にしないでくれてありがとう。」
感情がごちゃ混ぜになった様な奇妙な表情で、いつもおしゃべり上手な叔母がたどたどしく紡いだその言葉は真っ直ぐと僕へと突き刺さり僕はぐっと唇を噛み締めた。
ペコリと叔母に頭を下げて自分の部屋へと向かう。
ぐっと抱きしめた箱が大きくなったように感じた。
(ありがとうなんて、そんな事言われる資格はないのに。)
思春期に入って、周りを伺って、他の大人達のように自然と祖父から距離をとった。
中学2年に上がる頃には祖父と顔を合わせる事だってしなくなった。
『 変だ』ってみんなが言うから。
僕も『 変だ』って思うようにしてた。
大事なのは『周りが』じゃないって、おじいちゃんは教えてくれていたのに。
部屋につきぐしぐしと溢れ出る涙を拭う。
部屋の真ん中に座り、パンドラの箱へと手を伸ばす
「この中に詰まっているのはガラクタなんかじゃない。どれもこれもすっごいお宝なんだ。」
自分に言い聞かせるように。
蓋を開ける。
だってそう、信じたことはいつかきっと真実になるのだから。
end
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