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「おい……何だこれ……」
「いや……分からん」
俺のような下っ端の船員はともかく、船長すらも、この事態に困惑して「お、おい」と狼狽える以外に何もできないようだった。俺は気力を振り絞って立ち上がり、中原も引っ張って立たせると急いで宇宙服のあるロッカーへと走った。足が縺れ、頭から突進するようにロッカーへ突っ込んだ。
「おい、鏡……」
無視して宇宙服を着る。途中で諦めたのか、中原も大人しく足を入れ、俺達は無言のまま互いに服を着せ合った。
エアロックの前には誰もいなかった。エアロックの減圧作業がやたらに長く感じられる。ようやく完了の文字が表示され、俺は扉をほとんどこじ開けるようにして船外へ飛び出した。
すぐそこに神田が倒れていた。どうなっているかなど見るまでもない。真空では、人間は数秒も生きられない。
死体は点々と転がっていた。皆、宇宙服も着ずに飛び出して行った船員逹だった。今朝も俺と一緒に食事をして、笑い合った奴らだった。
中原が「おい!」と向こうを指差す。船に一際近い柱のところに宇宙服姿の船員達がうずくまり、取り縋るように離れなかった。マイクを切っていない数人の声が--いや、慟哭と言った方が正しい--ヘルメットを通じてぐちゃぐちゃに混ざり合って聞こえる。親の、恋人の、あるいは他の誰かの名を叫び、胸を張り裂くばかりに泣き続けている。そこにはあの柱しかないのに。
だが、本当は無音なのだ。ここは宇宙空間で、この星には大気がない。彼等の慟哭は、どこにも届かない。
「鏡、おい、鏡!」
中原の声ではっと我に返った。
「ここは不味い、逃げるぞ!」
見ると、船長が俺達へ手を振っていた。何重奏もの絶叫でかき消され、何と言っているのかは聞き取れない。だが、大きく振った手を船の方へ向けていることから、おそらく船に戻れと--そしてこの忌々しい惑星から脱出しようと言っているのだろうと見当がついた。俺は手を振り返し、「中原!」と一言呼んでから走り出そうとして、振り返った。
中原は、柱の元にいた。
俺と船長、それに数人の生き残りは命からがら逃げ出して、何とか地球へ帰還した。
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