229人が本棚に入れています
本棚に追加
今日の営業は散々だった。あれほど力を入れていたY富の案件も、上手いこと相手のペースに巻き込まれてしまい、再度見積を出すことになってしまった。
(くそう)
それも楠本の意味深発言の所為だ。何が大変なのかざっくりで良いから教えとけよ。教えられないならそもそも言うなよ。気になって仕事が手に付かなかったじゃねぇか。
「お疲れ様でーす」
営業部屋に戻れば、まだパラパラと営業の姿があった。俺はホワイトボードを消し、背もたれを鳴らしてぐったりと自分の椅子に腰掛ける。鞄を開け、クリアファイルを取り出したところでプルルと内線が鳴った。
「はい、杉山です」
『お疲れ様です、杉山さん。経理の楠本です』
壁面の時計に視線をやれば十九時五分を差している。
「お疲れ。まだ残ってたのか?」
『ええ。杉山さんが十九時戻りと仰っていたので。もう二階は誰も残ってません』
「俺を待ってたのか?」
するっと口から出た台詞にドキリとした。馬鹿か、俺は。
『ええ。お待ちしてました』
「……」
淡々とした楠本の声が胸に響く。
『そちらはまだ人がいるでしょうから、良かったら二階へ来てくれませんか?』
「……分かった。すぐ行く」
受話器を置いて、大きく息を吐いた。
――大変なことになりまして。
今朝の話の続きか。一体何だっていうんだ。
最初のコメントを投稿しよう!