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駐車場から車を奪って、女を連れたまま夜の道を飛ばした。
不思議なことに、追って来る車はなかった。
「死ぬ前にどうしても、海を見たくてさ。俺は漁師町で育ったから。それが終わったら解放するよ」
すると女は、プラスチックのような無表情で、前を向いたまま、
「あなた、死なないわよ」と言った。
「なぜだ? 俺の体の中には病原体が充満しているんだぜ」
「あれはウソ。あなたの血液サンプルに、最先端のバイオテクノロジーで作った、というより作り損ねた抗体を混ぜていたの。失敗作の抗体だから、いくら調べても、それに対応する抗原、つまり病原体は特定できないわけ」
「なんだってそんなことをしたんだ」
「予算獲得のためよ。新種のウィルスらしきものが発見され、しかも人の体の中でどんどん増殖していると言って、政府のお役人たちを脅してやったら、すぐに予算を付けてくれたわ。おかげで分析機器が最新のものに更新が出来たし、データ解析用のスーパーコンピュータまで買えた。そうだ、トイレに冷暖房が入るようになったのよ」
「じゃあ、他の国の研究機関も同じことを?」
「ええ。一大プロジェクトになったわ。みんなあのサンプルが胡散臭いものだと知っていたけど、予算獲得のためなら、そんなことは目を瞑るのよ」
「いずれマスコミが嗅ぎつけるぞ。体中にウィルスが充満しているはずの患者が、ピンピンしているとなると・・・」
次の瞬間、俺は首筋にチクッと針で刺したような痛みを感じた。
意識が急速に遠のいていく。
最後に女が何か言っているのが聞こえた。
「そうよ。だからこのプロジェクトはあなたが死ぬことで完結するの。だっておかしいでしょう。ヤバそうなウィルスが体中に充満しているのに、ずっと生きているなんて」
(終)
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