僕は捨てられた。けれど、僕は幸せだ。

雪と雨月

少年は雪解け水が作った小さな水の流れを食い入るように見つめていた。

その流れ行く水の中には魚の姿はおろか一つの不純物さえも見当たらない。
そんなものを少年はもう一時間近くも見つめ続けている。
少年は何をするでもなく、その場に屈み込み水の流れをただ、見つめているのだ。

「雪（せつ）、何をしている？」

その呼び掛けに雪と呼ばれた少年は喜色の笑みを浮かべ、声のした方をふわりと振り返った。
雪は声を掛けてきた雨月（うげつ）に柔らかな微笑みを投げ掛け、頬を僅かに赤らめた。

「水の流れを見ていました」

雪の短い返答に雨月はどこか苦い笑みを溢し、辺りをゆっくりと見回した。

季節はいつの間にか寒かった冬を見送り、暖かな春を迎えようとしている。

またこの人間の子供と共に一冬を共にした。

雨月は一人、心の内でそう呟き、目の前に駆け寄ってきた雪の小さな頭を無造作に撫で付けた。
それを受け、雪はくすぐったそうに笑っている。

そんな雪の暖かな笑みとは裏腹に雨月の脳裏には寒々とした雪片が舞い踊っていた。
それは在りし日の情景だった。