1人が本棚に入れています
本棚に追加
その【現象】自体は以前から知られていた。人が設計した遺伝子をウイルスに持たせ、マウスのES細胞に感染させることで、人工の遺伝子をマウスのゲノムに組み込ませる。遺伝子改変マウスの作製に何度となく用いられてきた技法だ。だがこれまで、人間のゲノムでこの現象が起こったという報告はなかった。
「ああ、そうらしいね。あまりに非力だから、バグズの【欠陥品】じゃないかって注目されたって話、聞いたことあるよ。今は、全く逆の理由で注目されているけれど」
「エラーって名前を聞いただけで、誰もが震えあがるからな」
研究者たちは、彼女の子に挿入された新規遺伝子を【ジーンB】と名付け、その遺伝子が肉体に入った【効果】を検討することにした。
ジーンBを組み込まれた子はすくすく育ち、そして【化け物】に成長した。鋼のような巨大な肉体。圧倒的な筋力。短絡的かつ攻撃的な性質――知性や情緒と引き換えに戦闘能力に特化したその生き物は、軍部で大変に重宝された。
詳しい機序は不明だったが、ジーンBにコードされていたタンパク質はかなり特殊なもので、筋肉や骨格を増強し、ホルモンバランスを変え、非常に好戦的な性格を生み出すらしかった。それをゲノム情報として得た【そいつ】は、人間とかけ離れた身体と思考を手に入れたというわけだ。
「エラーってさ、バグズとしても異常だよね。身体能力も戦果も、とびきりイカれているもの。能力だけじゃなくて、見た目も他のバグズとは全然違っているけれど」
世代を越えても、ジーンBはゲノムに挿入されたまま外れなかった。彼女の子に見られた特徴は、そのまた子、孫にも引き継がれ、そしてジーンBもまた、彼女の子のゲノムとともに子孫へと伝えられていった。
その人間離れした性質が明らかになるにつれ、いつしか彼ら一族はこう呼ばれるようになっていた。
人間から生まれながら、人でないもの――“バグズ”と。
「今じゃ、バグズは有名な軍人一族。名門中の名門。バグズ抜きでの部隊編成は考えられない。バグズといえば軍人。軍人といえばバグズ」
歌うように言いながら、シイはテープにハサミを入れた。手ごろな大きさに切り取って、俺の頬に貼りつける。彼女の手が触れるたびに鈍い痛みが走ったが、努めてなんでもない顔をした。
最初のコメントを投稿しよう!