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「それで、私に何か用かね」  いささか愛想のない言い方に、彼女は一瞬視線を逸らす。しかし、直ぐに向き直し、紅を引いたように艶やかな唇を開く。 「あの、お話ししたいことがあって。お時間大丈夫でしょうか?」  恐る恐るお伺いをたてる口ぶりに、私の嫌な部分が揺り動かされてしまう。 「明日じゃ駄目なのかね」  少し苛立った物言いをしてみれば、再び視線を伏せてしまう。その怯えた子羊のような姿に、自然と口許に笑みが浮かんでしまう。彼女は私の苛立ちに臆したのか、今度は視線を上げることもせず口を開いた。 「申し訳ありません。……でも、急ぎなんです。相談できる人が所長しかいないんです……」 「相談?」  新人研究員が上に立つ人間に相談を持ちかけるなど、大抵ろくな事はない。煩わしさが先に立ち始め、適当に断り帰宅しようかと考える。だが、そんな思考の端に邪な欲が湧いて出た。  今夜はもう遅い時間だ。今から彼女に時間を費やせば、さらに帰宅は遅くなる。だが、その状況がより彼女を誘いやすくもさせる。  私と彼女の関係は上司と部下。ここで彼女に勤務外の恩を売れば、此方からの要望に断りづらい状況が作りだせるだろう。そうすれば、事は簡単に進むかもしれない。  それは一方的な欲望だろうが、彼女も男を知る良い機会でもある。それに男を知れば、彼女も自分の内にあるものに気づき、その妖艶さを表に出せるようになるかもしれない。それは様々な面で自信に繋がり、プライベートだけでなく仕事にもプラスになっていくだろう。私の加虐心を煽る姿はなくなるだろうが、また別の彼女が私を楽しませてくれるだろう。  そんな事を想像していくと、ククッと笑いが漏れでてしまう。 「分かった。急用なら仕方ない。私の部屋で話をするかい?」 「ありがとうございます。でも、わざわざ所長室までお戻りにならなくても結構です。休憩室が近いので、そこでお願いできますか?」
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