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「ねえ、ちょっといいかな?」
そう声をかけられたのが、私と彼の出会いだった。まだ高校に入学したての4月。右も左もわからない私が、校庭で桜を眺めていた時だった。彼は2つ上の先輩の大西圭。
いきなり話しかけてきたかと思うと黙りこんで、不器用に「さ、桜が綺麗だね」なんて言う。おかしな人だと思ったけど、不思議と嫌ではなかった。
それから私と先輩は、よく一緒にいるようになった。昼食を一緒に食べたり、放課後にゲームセンターに行ったり。まるで彼は、兄のようだった。
彼はいろいろな話をしてくれた。遠い国のお伽噺。社会で囁かれる都市伝説。彼の生まれ育った町のこと。
彼は、中学卒業と同時にこの町に来たのだと言う。俺より長くこの町に住んでるでしょ、この町の話をしてよ、なんて冗談混じりに言われたこともあった。彼の隣はとても居心地がよかった。彼が休みの日には、寂しく感じた。
しかし多感な時期の周囲が、そんな男女を放っておくわけがなかった。
ねえ、二人って付き合ってるの?
当たり前でしょ、あんなに仲良いもん!
は?兄?そんなわけないでしょ!
ねえねえ、津村先輩って大西先輩のこと好きらしいよ!
どうすんの、取られるよ!津村先輩美人なんだから!
私には、それが酷く不愉快だった。いくら彼とはそんな関係ではないと訴えても、伝わらない。私は彼と共に過ごすことを避けるようになった。
しかし、彼が隣にいないのは酷く息苦しかった。彼が津村先輩をフッたと知ったときは、嬉しく思う自分がいた。それなのに、私はまだ彼が兄的存在であると信じたかったのだ。
私は自分の気持ちに戸惑ったまま、彼を避け続けた。彼が高校卒業後、県外にあるN大学へ進学すると聞いたのは、年が明けてからだった。
私は一晩中泣いた。このままで終わりたくはなかった。それでも、自分の気持ちに名前をつけられないまま、ついに卒業の日を迎えた。
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